ABM入門編
選んだ重点企業から商談をつくる
目次

選んだ重点企業から商談をつくる
――大手企業向けアウトバウンドの設計
想定読了時間:5〜8分 | この記事だけで前提が分かる構成
「重点企業は決まりました。では、今週は何をしますか」
営業会議でそう聞くと、展示会の名刺リストや、比較サイトから来た問い合わせの話に戻ってしまう。そんなことはないでしょうか。
重点企業を選ぶことと、その企業から商談をつくることは別です。
大手企業から商談をつくるには、どの接点で、誰に、何を伝えるかを1社ごとに考える必要があります。
本稿は、理想顧客像(ICP)に合う重点企業を決めた後の実行編です。ICPとは、自社が価値を出しやすい企業の条件。重点企業とは、その条件に合い、今アプローチする具体的な社名です。
ここで使うのがアウトバウンドです。これは、問い合わせを待たず、こちらから接点をつくる活動を指します。
ABMは、狙う企業を決めて社内の動きをそろえる考え方。アウトバウンドは、その企業へ接点をつくる手段です。
では、どこから始めればよいのでしょうか。一緒に順番を整理していきましょう。
「いつもの接点」から考えていないか
まず確認したいのは、その企業へ自然に届く接点はどこかです。
「展示会を強化しよう」「メールの文面を変えよう」と、使い慣れた方法から考えていないでしょうか。狙った企業が展示会へ来るとは限りません。比較サイトを使うとも限りません。
先に見るのは相手です。
- どの部署・役職が、想定する課題に関わっているか
- その人は、どこで業界やサービスの情報を集めているか
- 既存顧客、取引先、顧問、金融機関などから紹介してもらえるか
- SNSやイベントで、どのようなテーマを発信しているか
- 紹介、電話、メール、手紙、SNS、イベントのどれなら仮説を伝えやすいか
紹介者がいるなら、まず紹介を検討します。担当部署を確かめたいなら電話。仮説の根拠を残したいならメール。経営層へ直接届けたいなら手紙も候補です。
相手が業務に関する発信をしているなら、SNSから会話を始められるかもしれません。イベントへの登壇が分かっているなら、その発言を起点にできます。
製造業でも、品質、生産、情報システム、経営企画では情報源が違います。商社なら、営業部門だけでなく、仕入先を管理する部門、物流拠点、在庫管理、与信担当も関係するかもしれません。誰が課題を持ち、誰が判断に関わるかを見ていきます。
業界全体の正解を探すのではなく、重点企業の相手から逆算する。ここが出発点です。
営業とマーケティングの役割も、企業ごとに決めます。営業は関係者と次の行動を持つ。マーケティングは企業を調べ、相手の課題に沿う材料を準備する。兼務でも構いません。
大切なのは、誰が何を担うかが曖昧なままにしないことです。
会議で使える「重点企業攻略シート」
次の営業会議を想像してみてください。
「なぜ、この会社なのか」
「なぜ、今なのか」
「最初に、誰へ何を聞くのか」
この三つに答えられるでしょうか。
答えをそろえるための実行メモが「重点企業攻略シート」です。難しい書式は必要ありません。1社につき、次の内容をまとめます。
このシートを中心に、関係者を置く、接点を選ぶ、次の行動を決めるという順で進めます。後に出てくる図や手順は、すべてこのシートを具体化するためのものです。
- 企業を選んだ理由:ICPとの一致、自社の実績、受注後の展開余地
- 今起きている変化:中期計画、組織変更、採用、新拠点、投資、製品・事業の発表
- 課題の仮説:その変化から考えられる業務上・経営上の困りごと
- 関係者:課題の当事者、社内で進める人、予算を見る人、導入リスクを確認する人
- 接点候補:紹介、電話、メール、手紙、SNS、イベント、パートナー
- 最初の依頼:仮説を確かめるための短い情報交換や相談
- 次の状態:誰と何を確認できれば、次へ進めるのか
- 保留条件:反応がない、課題が違う、採算が合わない場合に、いつ止めて見直すか
「売上規模が大きい」「有名である」だけでは、狙う理由になりません。
自社が価値を出せそうな部署はあるか。最近、計画や組織に変化はあったか。紹介や直接の接点をつくれそうか。ここまで確認します。
もう一つ、気をつけたい点があります。
「確認できた事実」「こちらの仮説」「次に聞くこと」を混ぜないことです。
例えば、物流拠点の増設は事実です。そこから「拠点ごとに運用が分かれ、管理が難しくなっているかもしれない」と仮説を置きます。
ただし、まだ答えは分かりません。
最初の会話では、「拠点が増えて、現場の運用で変わったことはありますか」と聞きます。公開情報だけで課題を決めつけないためです。
本社と工場で運用が分かれていそうな企業にも、最初から複数のシステムをまとめて提案しません。「計画と実績のデータがつながると、どの判断が早くなるか」を確かめます。
情報システム部門だけで分かるでしょうか。生産企画や工場の改善責任者にも聞く必要があるかもしれません。そこで、次に確認する相手までシートへ残します。
担当者一人と話せても、商談は進まない
「担当者は興味を持ってくれたのに、その先へ進まない」
大手企業の新規開拓では、よく起きる場面ではないでしょうか。
Gartnerの調査が示すように、大きなB2B購買には複数の部署や役割が関わります。
営業の現場では、この集まりを「購買関係者グループ(Buying Group)」と呼ぶことがあります。難しく聞こえますが、意味はシンプルです。今回のテーマを一緒に検討する人たちを指します。組織図の全員ではありません。
接触前は、必要そうな役割を仮置きします。会話が始まったら、実際に誰が関わるのかを確かめます。
- 課題の当事者:現場で困りごとを感じている人
- 推進者:社内で検討を進め、関係者を集められる人
- 予算を見る人:優先順位や投資対効果を判断する人
- 最終承認をする人:稟議、契約、導入を承認する人
- 導入リスクを見る人:情報システム、法務、購買、セキュリティなどの担当者
- 利用者・現場責任者:導入後の成果や定着を左右する人
一人が複数の役割を持っても構いません。分からないところを無理に埋める必要もありません。
まずは「今分かっていること」と「次に確認すること」を分けます。担当者へ「社内では、ほかにどの部署が関わりますか」と聞く。これも大切な一歩です。

※この図は大手企業の案件で確認すべき役割を整理した説明用イラストです。企業や案件によって役割の有無・名称は変わります。
自社側の引き継ぎも先に決める
相手の関係者だけを整理しても、社内の動きが曖昧では止まってしまいます。
調査は誰が行うのか。最初の連絡は誰が担うのか。技術的な質問が出たら、誰へ引き継ぐのか。
中堅企業では、一人が複数の役割を持つこともあるでしょう。それでも、どの状態になったら、誰へ渡すかは決めておきます。
富士通の統合レポート2023でも、新規接点をつくる担当とデジタル営業を組み合わせる運用が紹介されています。商談は顧客管理システム(CRM)で共有しています。CRMとは、顧客との接点や商談をチームで記録する仕組みです。
大きな組織をそのまままねる必要はありません。まずは、引き継ぐ条件を一つ決めるところから始めてはいかがでしょうか。
一つの方法だけに頼らない
電話がつながらない。メールにも返信がない。
そこで同じ相手へ、同じ内容を送り続けていないでしょうか。
大手企業への接点は、一つの方法だけに頼らないことが重要です。Sales Retrieverの過去コラム「電話もメールも届きにくい時代に、エンタープライズBDRが実践すべきマルチハイブリッドアプローチ」では、手紙、電話、メール、SNS、イベントなどを組み合わせる方法を紹介しています。
本稿では、これを「マルチハイブリッドアプローチ」と呼びます。ABMの一般的な専門用語ではありません。相手ごとに使える接点を見極め、複数の方法を組み合わせる考え方です。
仮想例:東都精機へどう接点をつくるか
ここからは、説明用の架空企業で考えてみましょう。
ミナトシステムズは、社員約300人、売上約45億円の中堅SIerです。SIerとは、企業向けのシステムを提案・開発・導入する会社です。
重点企業は東都精機。本社と4工場を持つ、従業員約4,000人の機械部品メーカーです。こちらも架空企業です。
ミナトシステムズは、「本社と工場で、生産計画と実績の管理方法が異なるのではないか」と仮説を置きました。
ここで、いきなり全社提案を送るべきでしょうか。
まずは、情報システム、生産企画、工場責任者、経理・経営など、想定する役割を並べます。そのうえで、紹介・手紙・電話・メール・SNS・イベント・訪問を○・△・×で評価します。
○は「今使える」。△は「条件が整えば使える」。×は「今は優先しない」です。

※ミナトシステムズ、東都精機、接点・関係者、○・△・×の評価は、この回の説明用の仮想例です。実在の成功事例や商談実績ではありません。実際には、自社が持つ接点、相手の発信状況、役職、業界特性などを基に評価します。
評価は、営業担当者の好みでは決めません。次の事実を見ます。
接点には向き不向きがあります。部署、担当者、直通番号が分かるなら電話。経営層へ仮説を直接届けたいなら手紙。業務発信が活発なIT・DX責任者ならSNS。重要企業の経営層には、紹介を重ねる方法も考えます。
一方で、電話は代表番号しか分からないと接続しにくく、手紙は事前調査に工数がかかります。SNSも利用頻度が低い相手には届きません。オンラインで接点をつくりにくい場合は、登壇・出展情報を調べてイベントで会う、現場確認の理由を整えて訪問するなど、リアルな接点へ切り替えます。

※各接点の向いている相手・場面、強み、注意点に加え、最初の一手と次の接点を比較した説明用イラストです。
接点ごとに「最初の一手」を決める
○・△・×を付けただけでは、まだ行動には移せません。
次に、使える接点ごとに「何をするか」「どこまで進めるか」を決めます。
紹介は、既存顧客、取引先、顧問、パートナーなどに橋渡しを依頼する方法です。「誰かを紹介してください」だけでは、相手も動きにくいでしょう。つないでほしい役割、相談したいテーマ、なぜその企業なのか、希望する時間を短くまとめます。紹介者がそのまま転送できる文面を用意すると、依頼しやすくなります。
手紙は、メールアドレスが分からない経営層や責任者へ、仮説を直接届けたいときに使います。相手企業の方針や最近の動きを調べ、「なぜこの会社なのか」「どんな課題を想定したのか」「まず何を確認したいのか」を1枚に絞ります。送って終わりではなく、1〜2週間後に電話やメールで確認するところまでを一つの流れにします。
電話は、部署名や担当者名、できれば部署直通の番号が分かる場合に優先します。最初から商品を説明し切ろうとせず、連絡した理由と課題仮説を30秒ほどで伝えます。そのうえで、担当する役割が合っているか、誰に相談すべきか、短い情報交換ができるかを確認します。代表電話しか分からない場合は、手紙や紹介と組み合わせた方が進めやすいこともあります。
メールは、検討材料を短く残したいときに向いています。件名で相手企業とテーマを示し、本文は「連絡した理由」「課題仮説」「お願いしたい次の行動」の三つに絞ります。添付するなら、機能一覧ではなく、相手の関心に近い事例やデータを1枚にまとめます。同じ文面を再送するのではなく、新しい情報や別の問いを添えて次の接点をつくります。
SNSは、LinkedInなどで本人が業務上の発信をしている場合に使います。まず、プロフィールや投稿から担当領域と関心を確認します。投稿への反応や短いコメントで自然に接点をつくり、そのテーマに沿って簡潔なメッセージを送ります。最初から長い営業文を送るのは避けます。更新が止まっている相手にはこだわらず、別の接点へ切り替えます。
イベントでは、待っているだけではなく、登壇者、出展者、参加予定者から会いたい相手を先に決めます。登壇者であれば、開催前にテーマと過去の発信を調べ、短い挨拶を送ります。当日は内容を踏まえて質問し、会えた後は1〜2営業日以内に、話した内容と次に確認したいことを送ります。展示会の自社ブースでも、名刺枚数より「どの企業の、どの役割と、何を話せたか」を残します。
訪問は、紹介、既存取引、工場見学、技術打ち合わせ、イベント後の面談など、会いに行く理由がある場合に使います。訪問前に確認したい現場、会いたい関係者、持ち帰る判断材料を決めます。必要であれば営業だけでなく、技術や導入の担当者も同行します。目的は訪問そのものではなく、現場の状況を確かめ、次に誰と何を検討するかを合意することです。
大切なのは、七つすべてを使うことではありません。相手に合わせて、手紙→電話、SNS→イベント→メール、紹介→訪問のように役割をつなぎます。一つ目の接点で売り切ろうとせず、次の会話をつくる設計にしてはいかがでしょうか。
評価は固定ではありません。紹介者が見つかれば、△を○へ変えられます。イベント登壇が決まれば、新しい接点が生まれます。
例えば、生産企画部長が業界イベントで「拠点間の標準化」を話すとします。
事前にSNSやメールで短く挨拶する。当日は内容を踏まえて質問する。終了後は、次に確かめたいことをメールで送る。このように、一人の相手にも複数の接点をつなげます。
参加できない場合は、同じ仮説を電話、手紙、メール、紹介へ組み替えます。
実行は四つの手順にまとめる
攻略シートを、実際の動きへ落としてみましょう。
- 事実と仮説を分ける:相手について確認できた事実、自社の実績、考えられる課題、最初に聞くことを一つにつなぎます。機能一覧は送りません。
- 関係者と接点を決める:課題の当事者、社内で進める人、予算や導入リスクを見る人を置きます。紹介経路を先に探し、使える接点を○・△・×で決めます。
- 反応を次の合意へ進める:課題、関係者、検討時期を確認します。次に会う人、用意する資料、判断する条件を合意します。
- 反応がなければ見直す:同じ内容を繰り返しません。別の役割、紹介経路、最近の企業変化を確認します。保留理由と再確認の時期も残します。

※この図は、重点企業への調査から次の接点設計までを一社単位で進める説明用イラストです。
週次会議で見るのは「送った数」ではない
週次会議で、「今週は何件送りましたか」とだけ聞いていないでしょうか。
最初は5〜10社に絞ります。そして、次の五つだけを確認します。
- 新しく分かった事実
- 修正した仮説
- まだ接点がない役割
- 次に確かめること
- 担当者と期限
進捗は、次の四段階で見ます。
- 準備中:事実、仮説、関係者、接点が攻略シートにそろった
- 顧客確認中:相手と話し、課題や関係者を確かめている
- 次回合意済み:次に会う人、確認する内容、時期を顧客と合意した
- 案件化:対象範囲、判断条件、検討時期が見え、正式な商談として管理している
シートを作ったことや送信件数だけを、顧客側の前進とは数えません。
会議の最後に、「この企業では、何が一歩進んだのか」と聞いてみてください。答えられないなら、次の行動がまだ曖昧なのかもしれません。
社内の手が足りないときは
ここまで読んで、「1社ずつ準備する時間がない」と感じた方もいるのではないでしょうか。
大手企業の新規開拓には、調査、関係者の整理、紹介経路探し、複数の接点づくりが必要です。対象企業を絞っても、手間はかかります。
社内だけで難しい場合は、大手開拓を専門にするBPOを使う方法もあります。BPOとは、営業活動の一部を外部の専門チームへ任せるサービスです。
- 内製:企業選定から商談、提案までを自社で担う
- 併用:ICPと重点企業は自社で決め、調査や初回接点を外部と分担する
- 外部委託:初回アプローチと商談獲得を任せ、自社は商談以降に集中する
ただし、件数だけを任せるのは避けたいところです。
ICP、重点企業、対象部署、確かめたい課題、商談と判断する条件は、自社で決めます。接触頻度、重複接触の防止、停止条件、情報を自社へ戻す方法も合意します。
見るべきなのは、狙った企業・役職者と話せたか。課題の仮説と次の行動を確認できたかです。
Sales Retrieverの大手企業開拓支援BPOも、初回接点づくりを外部と分担する選択肢の一つです。
企業を選ぶ。相手から接点を考える。複数の関係者へ広げる。そして、次の行動を企業単位で記録する。
この流れができると、商談が止まった理由も見えやすくなります。連絡先がないのか。課題の仮説が違うのか。必要な関係者へ届いていないのか。
まずは重点企業を1社選び、「誰に、何を、どの接点で確かめるか」を書いてみてはいかがでしょうか。
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参照した公開データ・過去コラム
以下の資料は、活動量の正解を示すものではありません。企業単位で関係者と接点を考える背景として参照しました。
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執筆者
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Sales Retriever株式会社
代表取締役
松本 成行 Nariyuki Matsumoto
東京工業大学でAIを研究後、複数のスタートアップで事業開発に従事。その後、大手企業向けAIシステムの営業や、ABMによるマーケティング戦略に携わる。現在はSales Retrieverを創業し、AI・ABMの知見を生かして企業の大手開拓を支援している。
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