中堅企業のためのABM入門
ABMとは何か?
目次
ABMとは何か?
中堅企業のための「企業を選ぶ営業」入門
想定読了時間 5〜8分 | 営業マネージャー向け
「大手企業を開拓しよう」と決まり、知名度のある会社をリストに並べる。
そんなところから始めていないでしょうか。
会社の規模が大きくても、自社の強みが生きるとは限りません。まず考えたいのは、どの企業なら自社が価値を出しやすいかです。
ABM(Account-Based Marketing)とは、自社が価値を出しやすい企業を社名まで決め、企業ごとに営業の進め方を考え、営業・マーケティングなどが連携して動く考え方です。
広告やメールといった施策名ではありません。企業の選定、計画、接点づくり、状況確認を一つにつなぐ運用です。
問い合わせや展示会で出会った「個人」から追う営業とは、出発点が違います。
ABMでは先に企業を選び、その企業の事業、拠点、部署、関係者、課題、導入時期を見ます。
大手企業は複数の関係者が検討に加わるため、個人の反応だけでなく、企業全体を見て限られた人員を集中させる必要があります。
ABMは、新規開拓にも既存顧客の取引拡大にも使えます。
この回では、大手企業の新規開拓を中心に、狙う企業を決めるところまで説明します。
ABMは、企業を選んで終わりではない
実務では、次の四つを繰り返します。
- 重点企業を選ぶ:自社が価値を出せる条件を決め、具体的な社名へ絞る
- 営業の進め方を決める:企業ごとに、相手の課題、関係者、提供できる価値を整理する
- 部門で役割を分けて実行する:営業、マーケティング、技術担当などが、その企業に合う方法で接点をつくる
- 状況を確認して見直す:接点、関係者、次の行動を確認し、優先順位や方針を更新する
専任のマーケティング部門がなくても構いません。営業企画、展示会担当、経営企画などが役割を分担できます。大切なのは、狙う企業と企業ごとの動きを、担当者だけのメモにしないことです。

※この図は、ABMを重点企業の選定、営業の進め方、部門での実行、状況確認の四段階で整理した説明用イラストです。特定企業の営業活動を示すものではありません。
ABMには、三つの進め方がある
Momentum ITSMAの整理では、対象数と個別対応の深さでABMを三つに分けます。
- 1社集中型(One-to-One/Strategic ABM):最重要の1社ごとに、調査、提案、接点を個別に設計する
- 少数企業型(One-to-Few/ABM Lite):似た課題を持つ少数企業に、共通施策を企業別に調整する
- 多数企業型(One-to-Many/Programmatic ABM):選定した企業群へ、データや仕組みを使って働きかける
どれか一つが正解ではありません。
売上機会、個別対応、人員で選びます。中堅企業の大手開拓では、最重要企業は1社集中型、似た課題の候補は少数企業型が現実的です。
多数企業型も、対象企業を先に選びます。
対象社数や個別対応の深さは違っても、最初にICP(※1)を定める点は、三つの進め方に共通します。
※1:ICP = Ideal Customer Profile:理想顧客像
ICPは「自社が成果を出しやすい企業の条件」
ABMでは、メールや展示会などの施策を考える前に、狙う企業を決めます。ここで使うのがICPです。
ICP(Ideal Customer Profile、理想顧客像)とは、自社が価値を出しやすく、受注後も継続・拡大しやすい企業の共通条件です。
「売上1,000億円以上」といった規模の条件だけではありません。顧客の課題、自社の強み、導入のしやすさ、採算まで含めて考えます。
まず確認したいのは、「どんな企業を受注できたか」ではありません。
導入後まで成果が続いた企業はどこかです。
受注できても、導入が長引き、粗利が残らず、更新や横展開につながらなければ、次に増やしたい顧客とはいえません。
6senseのICPガイドも、成約企業をそのまま並べるのではなく、継続・拡大した顧客を出発点にし、早期解約や支援負荷が大きかった顧客から対象外条件を考えるよう説明しています。
中堅企業では、次の順で整理すると進めやすくなります。
- 商材・用途を一つに絞る:生産管理の全社標準化、人事・勤怠の刷新など、顧客が得る成果ごとに分ける。複数商材を一つのICPへ混ぜない
- 顧客を結果で二群に分ける:直近12〜24か月を基本に、案件が少なければ2〜3年へ広げる。「継続・追加受注・粗利・導入期間が良好な顧客」と、「早期解約・低採算・個別対応や支援負荷が大きい顧客」を分ける。失注は、顧客との相性と、競合・時期・接点不足などの理由を分けて見る
- 六つの観点で共通点を比べる:業界・規模、事業や拠点の構造、利用中のシステム、抱えていた課題、社内の推進体制、採算と展開余地を見る
- 対象条件と対象外条件を決める:成果との関係が強い条件を三〜五個ずつ残す。件数や売上だけでなく、なぜその条件が結果につながったかも書く
- 営業・導入・支援部門で確かめる:現場感覚とずれていないかを確認し、新しい受注・解約・追加受注が増えるたびに見直す
大手企業の受注実績が少ない場合は、既存の優良顧客から共通点を探し、営業・導入・支援の担当者へ「どの条件なら成果を出しやすかったか」を聞きます。
まず仮のICPを置き、商談や導入の結果が増えるたびに直していきましょう。

※企業名、数値、判定は説明用の架空例です。実在企業の成功事例や導入実績ではありません。図の構成は、6senseのICPガイドを参考に、日本の中堅SI事業者向けに独自に整理しています。
この例なら、ICPは「複数工場を持ち、本社主導で業務をそろえ、最初の導入成果を他工場へ広げられる製造業」と一文で表せます。
対象外条件は「本社の責任者がいない、自社の標準機能や過去資産を使えず個別開発が増えて必要な粗利を確保できない、導入後の運用体制がない」です。
商社向けなら、複数拠点・仕入先を持ち、営業と物流の情報が分かれているため、納期回答や在庫精度に問題が出ている企業、といった形にします。
ICPは自社に合う企業の条件、重点企業はその条件に合い、今期に追う具体的な社名です。 この二つは分けて考えましょう。
候補企業を四つの基準で絞る
ICPに合う候補が見つかったら、どこから取り組むかを決めます。
次の四つを見て、今期の優先度を比べます。点数だけでなく、そう判断した理由も残してください。
- ICP適合度:自社の得意な業界、規模、課題、導入条件に合っているか
- 取引としての価値:受注額、粗利、継続性、別部署への展開、実績化の可能性があるか
- 今動く理由:組織変更、採用、投資、規制、経営方針など、相手が今検討する理由があるか
- 自社が入り込める可能性:自社の実績や差別化を説明でき、紹介経路や接点をつくれそうか
例えば、候補を20〜30社ほど出し、四つの基準で比べて5〜10社へ絞ります。
この社数は一例です。1社を調べて接点をつくる時間、平均受注額、商談期間から逆算してください。
会議で、なぜ今、この企業なのかを説明できない企業は、優先度を下げます。
架空企業で、選び方を確認する
ここからは、架空企業を例に選び方を確認します。
ミナトシステムズ(説明用の架空企業)は、社員約300人、売上約30億円の中堅SIerです。
生産管理の標準化支援では、「複数工場を持ち、本社に責任者と推進チームがあり、最初の成果を他工場へ広げられる製造業」をICPにしました。
候補の一つが、機械部品メーカーの東都精機(説明用の架空企業)です。
本社と4工場があり、従業員は約4,000人。工場ごとに生産計画の管理方法が異なり、情報システムや生産改革の責任者がいるとします。
東都精機は、ICP適合度と取引としての価値は高そうです。
一方で、システム更新や工場標準化の計画があるのかは分かりません。紹介や既存の接点も確認が必要です。
つまり、有力な候補ではあっても、すぐに重点企業へ決める段階ではありません。

※ミナトシステムズ、東都精機、数値、選定結果は説明用の仮想例です。実在の成功事例や導入実績ではありません。
選んだ理由を、1社ずつ共有する
重点企業を決めたら、選んだ理由を1社ずつ共有します。最低限、次の三つを一つのメモにまとめましょう。
- 選定理由:ICP適合度と、取引としての価値
- 今動く理由:確認できた変化と、その根拠
- 次に確かめること:分からない点、担当、期限
公開情報は、大量に集める必要はありません。
企業発表、決算・中期計画、採用、登壇などから、仮説に関係するものだけを残します。
最初から完璧な企業リストをつくる必要もありません。
公開情報や会話で見立てが外れたと分かれば、ICPや優先順位を直します。ABMは、一度リストを配って終わる仕事ではありません。企業を選ぶ精度を、組織で少しずつ高める仕組みです。
この回で整理するのは、狙う企業と、その理由までです。誰に、どの接点で、何を伝えるかは次回に進めます。
次回は、選んだ重点企業から商談をつくる
次回は、重点企業の関係者を整理し、紹介、手紙、電話、メール、SNS、イベント、訪問を組み合わせて商談をつくる方法を説明します。
参照した公開資料
- Momentum ITSMA(ITSMA/ABM Leadership Alliance)「Driving Growth with Three Types of ABM」
- 6sense「Ideal Customer Profile (ICP): Guide & Resources for Developing ICPs」
執筆者
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Sales Retriever株式会社
代表取締役
松本 成行 Nariyuki Matsumoto
東京工業大学でAIを研究後、複数のスタートアップで事業開発に従事。その後、大手企業向けAIシステムの営業や、ABMによるマーケティング戦略に携わる。現在はSales Retrieverを創業し、AI・ABMの知見を生かして企業の大手開拓を支援している。